技術書は電子より紙がおすすめ|初学で電子書籍が向かない理由と紙のメリット
技術書は分厚くて重い。そして高い。たとえば『データ指向アプリケーションデザイン』。定価はおよそ5,000円。中古でも3,000〜4,000円程度が相場だ。しかも、こういった本は一冊では終わらない。データベース、ネットワーク、クラウド、コンピュータサイエンス、言語仕様、設計、セキュリティ、さらには自己啓発や法律関連まで。
エンジニアが読む本のジャンルは驚くほど広い。気づけば、本棚はすぐにいっぱいになる。特に一人暮らしの場合、部屋はそれほど広くない。何十冊、時には数百冊の本を置くスペースを確保するのは、現実的ではないこともある。
一度電子書きに移行してみた
分厚い本。場所を取る書籍たちが邪魔に感じてきたので、そう思って電子書籍に移行してみた。床に平積みになっている本もある。なんなら床に本が転がっている状態だった。メリカリに半分以上は売って、kindleで買い直し、オイラリーのpdfとし電子に移行した。それによって本棚は不要になり、机の上に数冊の本を置くだけで済むようにになった。これからさらに場所を問わず効率よくインプットが捗るイメージが浮かんでいた(当時は)、気分も部屋もスッキリ。
実践してみて電子書籍のメリットは明確でした。東京から大阪までの新幹線、約2時間半。東京から松本なら3時間前後。これまでは、分厚い技術書を持っていく気にはなれなかった。持って行ったこともあったが、結局途中で寝てしまってただの重い荷物を持っていっただけということもしばしば。でも、タブレットひとつなら話は別だ。何十冊も入っているし、重さも気にならない。ダウンロードさえしていれば、どこでも読める。長距離移動の時間が、まるごと読書時間になる。ああいう移動の方が集中できたりする。人間って不思議、家にいる時より集中できたりする。
電子書籍は間違いなく便利だった。文明の力だな、と素直に思った(当時は)
ただ書籍とは異なり、違和感があった。そして私には合わなかった
ただ時間の経過とともに、違和感を感じ始めた。読んだ内容が定着していない、読んだつもりになっていたのである。特に技術書の場合、自分が得意でない領域やこれからキャッチアップしなければならない領域について購入することが多いので、最初から思考負荷が高い場合が多い。データベースの内部構造、分散システム、認証基盤、コンパイラ理論などなど事前のコンテキストも求められていたりする。なぜか理解が深く入り込んでいかない感覚があった。うまく言語化できないのだけれど、読んでいる/ページは進んでいる/ハイライトもしている。でも、思考が滑っていく。難しい章ほど、「とりあえず先に進もう」とスワイプしてしまう(tiktokやinstagramまでは言わないが)あとで振り返ろうと思っても、どこに何が書いてあったかの頭の片隅にあるはず、あったと思われる記憶を取り出しができない、遅くなる感覚があった。
受験勉強をした人は納得してくれる人も多いかもしれないが、英単語帳を何周もした後に「〇〇〇〇」という単語はどこにあったかなと思った時に、どこどこの章の何ページ目というのが、頭の中にインデックスがあってそれから一気に記憶を呼び出す感覚がやはり紙の技術書ではあったが、電子書籍では曖昧で感覚としてなかった。あくまで頭の中の感覚なので難しいが人間の脳の仕組みとしても記憶を引き出すトリガーはきっと複数あるんだろう。それは人それぞれであるかもしれないが電子書籍ではその引き出しがひとつ減ってしまった感覚。
結局、また紙で買い直した
紆余曲折して、結局「後で読みたい」「ずっと持っておきたい」と思った書籍は、また紙で買い直した。結果的に二重で買ったことになる。悲しい。最近強く感じているのは、「読んだ」ことと「理解した」こと、そして「記憶に定着した」ことは、まったく別物だということ。特に難しい書籍になればなるほど、読んだはずなのに思考が深く入り込めない。なんとなくページをめくっただけの感覚が残る。数日後には内容をうまく思い出せない。そんな状態になりやすい。私の癖なのかもしれない。あとよく言われるのは反復することなんだろう。
一度理解した内容であれば、あとから振り返ることもできる。技術書であれば、「あの章でああいう話をしていたな」と記憶を巻き戻すこともできる。しかし、自分がまだ経験していない領域や、抽象度の高いテーマになると、そもそも思考の足場がない。その結果、理解が浅くなり、記憶も定着しない。
電子書籍は圧倒的に便利だ。検索もできるし、持ち運びも楽だ。でも、難しい本ほど、何度もめくり直し、余白に思考を書き足し、時間をかけて格闘する必要がある。そのプロセスにおいては、紙のほうが自分には合っている。エンジニアはPCと向き合いながら、物理的な世界とは少し離れた場面で作業することが多い。だからこそ効率化を求めて、すべてを電子書籍化し、よりミニマルに、より合理的に進められると思いきや、時に物理的なものを求めてしまうのは、少し逆説的で面白い。